542名無しのAA書きさん :2019/01/23(水) 07:05:46
おまけ

自分のAAと食


自分語りです。

自分がモナー板でAAを書き始めた最初、ラーメンギコモナー系の短編ネタを幾つか書いてた。
コピペにズレなおしがやっとの習作群だったが、二、三人なにか一言書いてくれていて、そういうモナー板全盛後期の活発な住人達にも恵まれて、AAに慣れてハマっていった。
そういう風に、自分の落書きのようなAAの原点の近くはラーメンなんですよね。

だからやっぱり食には拘りがあるんだろう。


寿司と自分

立ち食い寿司職人
http://a0014028.html.xdomain.jp/tatigui.html

駅前の立ち食い寿司というのが、出始めていて、それで面白いと思って書いた記憶が。
たぶん狙いに、立ち続けなければいけないというシチュエーションと、ささっと食べて帰るのが粋と言う前提とのギャップを狙ったような。
そのファーストフード感覚と職人との対面に、寿司の神髄の原点回帰を見た。というのは後付けだな。

でも出来たのが、お粗末極まりない。
寿司を嫌うのを過剰表現して、寿司が無様に壊れるのを誇張して、下品な笑わせ方をさせようとしているし。
オチも、肝心なところは寿司の美味しさを伝えるんじゃなくて、言葉遊びみたいな凄く表面的なところで解決したように見せてるでしょう。
かなり酷い出来。

たぶん一番迫真があるのが、実体験に沿った甘えびのトラウマの箇所。そこを印象に残して作品が締まるってのは、立ち食い寿司の魅力を伝えようとするコンセプトと離れすぎていかん。


ラーメンと自分

くつひも
http://a0014028.html.xdomain.jp/kutuhimo3.html

これは自分でも気に入っている。
ベタだけど、ラーメンエピソードの入り方が強引だけど、そういうの気にしないで真正直に書けた気がする。
たぶん、そういう血の通った感じがする食の描写のような、そこが目指す方向なのかもしれない。


カフェと自分

どっかで挙げた「風のベーコンサンド」の食描写は本当に見事で実際に作者は似たようなものを作れるのかなと思わせるリアリティがあるけど、ベーコンサンドを除いた幾つかの食べ物は小説全体のリアルから浮いていて、
それは高原カフェのファンタジーを提供する姿勢なのかもしれないけれど、「飯テロ描写、食べたくなる」というのが突出しすぎている、馴染み切っていないようなそういうのが今思えばあるし、
それに自分の親しみのある食の形というのはカフェ飯なんてお洒落で高級な形にはない、ラーメンなんだよな、インスタントに近いとか。

自分がカフェ物をやろうとしたら、メシマズ描写でお茶を濁しても、失敗したのは、このスレのタイトル作品。スタッカート。

そのカフェへの反省が、震度3、秋色レターあたりで、カフェの飯の描写を書きすぎない、美味しいなと必要以上に思わせない、当たり前にある食として描く姿勢に繋がった気がする。
トラウマもあって、必要以上に書かないのもあったのだろうけど。

ただ食へのスタンスは変わっていて、そこら辺が語りに誘導されて、明文化、爆発しないかと仄かに期待していたりする。


最近、書いた文章にもラーメンが出てくるのだけど、ちょっと食の置き方が変わって来た。
「読んでいる人にもその食べ物を食べてみたいと思わせる」
それは長いこと目標だった。
でも、それだけじゃないんだ。
「食べたいと思わせつつ、作中にある食べ物はそのAAや小説の中だけのもので、同じ食べ物を食べても満たされないよな」っていうちょっとした羨望のような、共感の先にあるものを書きたい。
それは正に「風のベーコンサンド」のベーコンサンドの境地なのだろうけど。
その場とその時の雰囲気だから味のある食べ物、そして同時に食べ物で場や時の雰囲気を写す。
そっち方面に意識が向かっている。
上手く行くかどうかわからないけど。


関係ない自分語り